ミクロ経済学 戦略的アプローチ 梶井厚志 松井彰彦 7 公共財 2

集団的意思決定とインセンティブ


2人のプレイヤーについて考える。

  • プレーヤーiにとって、公共財の価値はv_{i}、公共財生産のための費用をc_{i}とする。プレーヤーiはv_{i}までは支出してもよい。プレイヤーiが受けとる余剰はv_{i} - c_{i}なので、プレイヤーiにとってv_{i} \gt c_{i}なら生産された方が良い。
  • 公共財生産の総費用をcとする。このとき、v_{1}+v_{2} \lt cなら公共財は生産させるべきではない。また、c_{1}+c_{2} \gt cでなくては生産はできない。
  • 余剰の総額をsとする。s=v_{1}+v_{2}-cである。

v_{1}+v_{2} \ge cのとき、c_{1}+c_{2} = c(つまり無駄がない)なら総余剰は総費用を上まわる。
しかし例えばc = c_{1}ならv_{1} - c_{1}が負になってしまうかもしれない。そこで余剰を仲良く分配すればよい。

c_{1}=v_{1}-\frac{s}{2},c_{2}=v_{2}-\frac{s}{2}にすれば

  • c_{1}+c_{2}=v_{1}-\frac{s}{2}+v_{2}-\frac{s}{2}=cになるので共有財の生産が可能である。
  • v_{1}-c_{1}=\frac{s}{2},v_{2}-c_{2}=\frac{s}{2}になるので、両プレイヤーの受けとる余剰も正となる。

公共財は生産された方がよい。


公共財の生産に関する決定する主体を政府と呼ぶのなら、政府は、評価額の和が費用を上回るときに、公共財を生産を決定すべき、ただし費用の配分には注意が必要。


cは分かっているとき、v_{1}+v_{2}>cであるとき、かつその時に限って、公共財が生産されるような手続きは何か。

両者の評価額がわかっているとき

それぞれの評価額v_{i}がわかっていれば

  1. 総評価額が総費用を下回ったとき(v_{1} + v_{2} \lt c)は生産をやめ、総評価額が総費用を上回ったとき(v_{1} + v_{2} \ge c)、生産を行うことを決定する
  2. 第iプレイヤーの受け取る純余剰が0以上(v_{i}-c_{i} \ge 0 )になるように、それぞれのiについてc_{i}の値を決めていく
  3. 両者に投票をさせ両者が賛成するときにのみ公共財をつくると宣言する。

その時の戦略形表現はこのようになる

多数決による解決
プレイヤー2
賛成反対
プレイヤー1賛成v_{1}-c_{1},v_{2}-c_{2}0,0
反対0,00,0

両者とも賛成するのが(弱支配戦略)による均衡になる。

評価額を本人しか知らないとき。


費用を公的に負担することにして、評価額を尋ねたとしたら、過少申告はなくなるが、ただなら作ってもらった方が得なので、逆に過大申告が発生しv_{1}+v_{2} < cのときですら公共財が生産されて全体として無駄になる。

プレイヤーに評価額を聞いてみたらどうなるか。
もしプレイヤーが評価額を正直に答えてくれるのならば「両者の評価額がわかっているとき」の手続きを使えばいい。

プレイヤーiの申告額をr_{i}(r_{i} \ge 0)とする。
プレイヤーの戦略はr_{i}を決めることである。
申告に基づく余剰をs^*とする。s^*=r_{1}+r_{2}-c

先程の手続きによると
r_{1}+r_{2} \ge cなら公共財は生産され,プレイヤーiの負担はc_{i}=r_{i}-\frac{s^*}{2}となる。
このとき、v_{i}-c_{i}=v_{i}-r_{i}+\frac{s^*}{2}=v_{i}-r_{i}+\frac{r_{1}+r_{2}-c}{2}=v_{i}+\frac{r_{1}+r_{2}-2r_{i}-c}{2}
戦略の組(r_{1},r_{2})が取られたとき、プレーヤーの利得は

  • r_{1}+r_{2} \ge cなら,プレイヤー1はv_{1}+\frac{-r_{1}+r_{2}-c}{2}、プレイヤー2は

v_{2}+\frac{ r_{1}-r_{2}-c}{2}となる

  • そうでなければ両方とも0になる。


v_{1}+v_{2} \ge cのとき、どのような戦略の組が均衡となるか。

プレイヤー1はr_{1}+r_{2} \ge cのとき、つまりr_{1} \ge c - r_{2} の条件下で、プレイヤー1の利得v_{1}+\frac{-r_{1}+r_{2}-c}{2}が大きくなるよようにr_{1}を設定したい。そのためにはr_{1}をできるだけ小さくしたいが、r_{1} \ge c - r_{2} の条件があるので、最小値はr_{1} = c - r_{2} である。このとき、プレイヤー1の利得はv_{1}+r_{2}-cになる。これが0(r_{1}+r_{2} \ge cでないときの利得)よりも大きくなる条件はv_{1}+r_{2}-c>0つまりr_{2}>c-v_{1}である。
つまり、プレイヤー1はr_{2}>c-v_{1}ならr_{1} = c - r_{2} とするのがr_{2}への最適反応戦略。同様に、プレイヤー2はr_{1}>c-v_{2}ならr_{2} = c - r_{1} とするのがr_{1}への最適反応戦略。


相手の申告額を所与としたとき、公共財ができる範囲で、できるだけ自分の申告額を少なくするのが最適な行動になる

ナッシュ均衡は無数に存在する。

  • 余剰の半分を自分の権利として申告する場合もナッシュ均衡 (r_{1},r_{2})=(v_{1}-\frac{v_{1}+v_{2}-c}{2},v_{2}-\frac{v_{1}+v_{2}-c}{2})
  • プレイヤー1が余剰の全額を受け取り、プレイヤー2が正直に申告して余剰を受けとらない場合もナッシュ均衡 (r_{1},r_{2})=(c-v_{2},v_{2})

いっぽうv_{1}+v_{2} \lt cであるときに最適反応を考えるとr_{2} \ge c - v_{1}r_{1} \ge c - v_{2}は同時に成立しないため、公共財が生産されないように(r_{1}+r_{2} \lt c)となるような、例えば(r_{1},r_{2})=(0,0)が均衡となる。


v_{1}+v_{2} \lt cのとき,r_{2} \gt c - v_{1}だとすると、プレイヤー1は自分の申告額r_{1}=c-r_{2}の式によって決定する。

  1. c \gt v{1}+v{2}よりc - v_{1} \gt v_{2}であり、r_{2} \gt c - v_{1}だったので、r_{2} \gt v_{2},
  2. r_{1}=c-r_{2}よりr_{2}=c-r_{1}なので,r_{2} \gt v_{2}に代入してc-r_{1} \gt v_{2},その結果、r_{1} \lt c -v_{2}となる

r_{2} \ge c - v_{1}r_{1} \ge c - v_{2}は同時に成立しない。

申告は正直ではなかったものの、「公共財への評価額の総額が、公共財の生産費用を越えたときに、そしてそのときに限って生産される」ようなカニズムは存在することがわかった。

カニズム
あるルールを定めて、あとは各個人の自由意志に委せて自動的に政府等の行動を決定する方法・手続きの事

ただし、いままでの議論では(政府はプレーヤーの評価額について知らないものの)各プレーヤーは相手の評価額を正確に知っていることが前提となっていた。

各プレーヤーが相手の評価額を知らない状況で使えるメカニズムが必要である。
問題は評価額を正しく申告しないことにあった。それは、正しく申告することが得にならないからで、政府の思惑どおりに行動を取るメリットがないからだった。ゆえに、政府は、各プレーヤーにインセンティブを与える必要がある。

インセンティブ(誘因)
各プレーヤーの行動に影響を与えるであろう刺激(の手段)

政府が期待する行動には金を払ったり、そうでない行動には罰を与えたりするようにして、必要な情報を申告させなければならない。